川島誠は苦手なの

私としては実に珍しいことに、川島誠の本3冊を1週間ほどで読み切ってしまった。必ずしも「一気に読ませる=傑作」とは思わないが、そうした吸引力を持った作品群であることは確か。抑制された精緻な筆致は一貫して変わらないというのに。(川島誠は、砕けた話し言葉で語るのを得意とする作家でもあるが、そうした箇所さえも「精緻」である。)
これだけ褒めておきながらなぜ「ファンというほどでもない」のかというと、これはちょっとつまらない理由と言っていいかも知れない。

苦手1:あからさまな性描写

これがなければ川島誠じゃないとういくらい重要なキーで、皮肉なことに、これがあるから読むとも言えるし、これがあるから苦手とも言える。内田春菊のようにオラオラオラエッチだぜといった挑発的なもの(がケシカランと言うつもりはないので念のため)ではなく、あくまでその筆致はクール。(余談だが、今江祥智の描く人物のこそばゆいまでの性への恥じらいは、私のツボを突く。)
川島誠の作品では、中学生や高校生があんなことしたりこんなことしたり。私(と私の友達)の中学・高校時代とはあまりにかけ離れた世界、なんてことはどうでもいいのだけど。
しかし川島誠(に限ったことではないのかしら)のよく使うペの付くカタカナ英語には、どうにも馴染めない。それこそどうでもいいか。

苦手2:粗野な少年像

やりたいことをやりたいようにやり、人を踏み付けることも厭わない少年。その代表格は「800」の主人公のひとりである中沢龍二だろう。それが苦手だったらオマエこの本読めないだろう、と読んだことのある人なら思うにちがいない。
踏み付けるといっても、人を傷付けてニヤつくような陰湿さとは無縁。「享楽的」と言った方が伝わりやすいだろうか、踏み付けた相手にそもそも興味がない。たとえばこんな風。陸上競技大会で気に入った女の子を見付けるや、

「ナイス・ラン」
俺、でかい声で叫んで、タオル持って伊田のところに走ってった。ちゃんと、きれいなやつよ。誰のかわかんないけど、いちばん良さそうなの、テントから取ってきちゃった。

品行方正な私は無論こんなことはしない。タオルを盗まれたことを卒業まで根に持つ側である。
そう、踏み付けられた側の心情をついついリアルに想像してしまうから苦手なのだ。川島誠の作中人物にこけにされるのが怖いのだとも言える。


さてその「800」。800メートル走を題材にした小説で川島誠の代表作と言っていい、のかな。いいことにしておこう。再読したのは7年ぶりか、もしかしたら8年ぶり。自分でビックリ。
再読してどうだったかというと、前よりものめり込んだ。あの場面のあのくだりでジンとなってしまった。この物語の全編を湛えるのは虚無感。そして確かなものを掴み取ったその手応え。
私は川島誠の本を読むといつも「虚無感」という単語が浮かぶ。それなのに作中人物はちっとも悶々としていない。かといって「前向き」とは違うし、「ヤケクソ」でもない、ましてや安っぽいペシミズムでもない。
うまい言葉が見付からないので終わり。ブログは堂々と尻切れトンボにできるのがいい。
尚、「800」は映画化されている。観ない方がいいです。
ちなみに文庫版「800」の解説は江國香織。一方川島誠江国香織の文庫版「こうばしい日々」の解説を書いている。内容から察するに、この二人は相思相愛。