良い子はまねしないように
私はこの言葉を結構気軽に使うケシカラン子供だった。子供どころか二十歳くらいまでは使っていたように記憶している。
しかしいつの間にか使わなくなり、今この言葉を見たり聞いたりするとギョッとする。
自分が使っていた場面を思い起こすと、嫌いな人間に向けて言うことはなかったと思う。むしろ親しい友達に「アホ」と突っ込むようなノリで言っていた。言われる側は嫌だったかも知れないが。いや、多分嫌だっただろう。すまん。
要するに「死ね」という言葉にリアリティを感じていなかったのだ。だから逆に、人への憎悪を表明するのに使うこともなかった。
再会
自分の中でいつの間にか封印していたこの言葉との再会はネット上でだった。漢字が「氏ね」に変わっていたが。無論それらは社会ではゴミ同然に黙殺されて行った。
ところが、この言葉が突然脚光を浴び、果ては日本の政治を動かすという珍事が起きた。
「保育園落ちた日本死ね」
場所は「はてな匿名ダイアリー」。私はこの存在自体知らなかったが、日記帳のような掲示板、掲示板のような日記帳、といったところだろうか。
くだんの書き込みの背景は、保育園への入園が叶わず追い詰められた挙げ句に思わず出た、ということのようだ。居酒屋でくだを巻いているようなものだろう。良い悪いは別にして、とにかくそういう経緯だった。
私は幸いにしてこの女性ほど精神的に追い詰められた経験はないが、似た状況になれば私も「死ねクソ」くらいのことは口にするかも知れない。少なくともこの人の言葉遣いをたしなめられるほど私が人品高潔でないのは確かだ。
パッケージとして
さて「死ね」という言葉がゴミのように飛び交うネット上で、あの書き込みだけが大きな話題となったのも不思議な話だ。
確かに「保育園落ちた日本死ね」はインパクトのある見出しだが、「死ね(氏ね)」という単語が溢れるネット上で、そのインパクトのみで広く拡散されるということはあり得ない。
つまり、ここで改めて言うまでもないことだが、内容とのパッケージとして、その悲痛な思いが切々と伝わるものだったから、あれだけ拡散されたと考えるべきだろう。
その後集まった署名は「日本は滅びるべきである」という主旨、ではもちろんない。
(余談だが「日本死ね」の書き込みが野党の仕込みであるというデマを自民党が流していたらしい。国民の悲鳴を握り潰してまで政局を有利に運ぼうとする腐り切った根性。)
批判
これが流行語大賞にランクインしたことで国会でも「死ね」が飛び交うなんて言説があるようだが、そりゃねーだろ。あくまで「独り言」への共感が広がったのが今回の現象であって、公の場で誰かに向かって「死ね」と言うのを容認するような文脈はどこにもない。もし勘違いするバカ議員がいたら、次の選挙で落とせ。
それに、国会での罵詈雑言なんて、安倍首相お気に入りの足立康史がとっくにやってんじゃん。度重なる懲罰動議への与党の甘々の対応こそ問題だろうに。
私が目にした批判の中で唯一まともなのは、「この言葉があくまで独り言として注目を浴びたままならいいとしても、流行語大賞ランクインという形である種の市民権を得てしまうと、日常的に使ってもよいという風潮が広まってしまう」という主旨のもの。
むむ。
保育所問題がまた注目されること自体は喜ばしいことだけに悩ましい。
それこそ日常的に死ね死ね言ってるバカガキだった私などは、ちょっとこの言葉への危機意識は低いのかも知れない。嫌韓嫌中の風潮は吐き気をもよおすくらい嫌だけどね。今は小学校低学年の子供が「中国大嫌い」とか(恐らく周りの大人の受け売りで)言うもんなあ。私にはそっちの方が遥かに怖い。
それに、この受賞にケチをつけている人達の中で、保育所問題を真剣に考えた上で言っている人が果たしてどれだけいるのか、私は疑わしく感じてもいる。野党を攻撃したいだけの輩も相当数いるんじゃねえの、と。
いじめ問題と絡め
今後出て来そうな野党攻撃としてはあれだな、子供達の間で「○○だ××死ね」と罵倒するいじめが増えた、とかいう。先に言っておくが、ランクインに新たないじめを生み出す効果はない。罵倒する語彙がひとつ増えただけのこと。
そういうフレーズが飛び交うのもそれはそれで鬱陶しいが、大人の福島差別が福島出身の子供へのいじめを生んだのとはことの本質が違う。
もし山尾氏が受賞式を欠席していたら
表現がナニだからということで受賞式に来なかったら、それはそれでアンチが「国会で利用しといて逃げるのかよ」とか言っていたにちがいない。まあ難しい判断だったとは思う。笑顔に難癖つける向きもあるようだが表彰式で仏頂面もできまいよ。
文脈と単語と
今回の件での批判的な意見に対して「文脈を見ろよ」とはとりあえず思う。
だがこういった問題は文脈「のみ」で判断を下すのは間違いだとも思う。
文脈上問題がなくても表現に問題があるケースは珍しくない。丸山和也氏の奴隷発言などはその典型だろう。
それにしても今回の件に関して古市憲寿がまともなこと言っててビックリだ(表現の問題を軽視しすぎとは思うが)。
あと、つるの剛士が例によって政権にすり寄った発言してるね。「日本人として」とか言ってるやつは、ほんとダメ。属性に寄りかかってものを言うんじゃねえよ、みっともねえ。
おまけ・思い出した漫画
藤子・F・不二雄「タイムカメラ」