宮崎駿論なんて書けるか

とあるアンケート調査によれば、女性に最も人気の高いアニメは「となりのトトロ」だそうだ。(男性の1位は「機動戦士ガンダム」で、トトロは5位。)
私の一番好きなアニメ? はい、トトロです。おいおい人気作品ど真ん中じゃん。更に言えば私は宮崎アニメのファンである。主だった作品の特集本(どちらかというと理屈っぽい類)を何冊も持っているくらいのファンである。
しかし宮崎アニメについて人と話すことはあまりない。話したくない。「いいよね」と言い合うことで、自分の聖域を侵されたような気がしてしまう。こんな風に「好き」を心の中にしまい込んでいる人は実は多いのかも知れない。
そこで最近読んだ本。買ったのは何年も前だがなぜか少し読んだだけで中断していた。
「風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡」

風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡

風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡

1冊まるごとインタビュー。これが滅法面白い。なぜ読むのを中断していたのか自分でも不思議だ。(インタビュアーの渋谷陽一氏には賛否あるようだが私はいいと思った。)
印象に残った箇所はたくさんあるが、読んでいて最初に「それだよ!」と膝を打ったのは、「宮崎駿エコロジーヒューマニズムの伝道者みたいに言う連中は何もわかっちゃいない」といった内容のやり取り。宮崎駿がそんな作家だったら活字まで含めて何年も追いかけたりしねえ。かといってエンターテイナーに徹するというのでもない。そんな作家だったら何年も追いかけたりしねえ。
じゃあどんな作家なんだと言われると、的確に言い表せる自信がない。ないから人と語らえない。
創作姿勢として宮崎駿自身が語った「間口は広く、出口は狭く」という言葉はとても含蓄がある(もっともこれは多くの作家がやっていることではあるだろう)。「狭く」というのは無論「難解さ」を指しているのではない。
さてこの本に触発されて、思わず再読。「風の谷のナウシカ」全7巻。
風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)風の谷のナウシカ 2 (アニメージュコミックスワイド判)風の谷のナウシカ 3 (アニメージュコミックスワイド判)風の谷のナウシカ 4 (アニメージュコミックスワイド判)風の谷のナウシカ 5 (アニメージュコミックスワイド判)風の谷のナウシカ 6 (アニメージュコミックスワイド判)風の谷のナウシカ 7
5年ぶりか10年ぶりか、とにかく久しぶりに読んだ。本がきったねえのなんの。
いやすごいわ。すごすぎてなんだかわからんわ。
この手の話、凡庸な作家なら「人間は愚かだ」と誰かに言わせて「いや人間は捨てたもんじゃない、手を取り合って新しい世界を築くんだ」ってな話にするところ。才能のある作家なら未完にしてしまうところ(たとえば石森章太郎のように)。
宮崎駿はそのどちらでもなかった。度し難い、進歩しない、学習しないのが人類。じゃあどうすんのっていうところでああなってこうなって、まあ読んでくれ。物語もすごいが、完結させたこともすごい。漫画の技術は褒められたものじゃないにせよ。
mixiのコミュニティ「コミック版 風の谷のナウシカ」に一時期入ってたが、クソつまんない作品論をダラダラ書くやつがいてゲンナリして抜けた。ヘンな宮崎駿論はホントに嫌だ。